| 「大黒摩季」自殺すら考えた「老母の介護」を回顧(デイリー新潮) - Yahoo!ニュース 「大黒摩季」自殺すら考えた「老母の介護」を回顧(デイリー新潮) Yahoo!ニュース (出典:Yahoo!ニュース) |
| 大黒 摩季(おおぐろ まき、1969年(昭和44年)12月31日 - )は、日本のシンガーソングライター、作詞家、作曲家、編曲家。所属事務所はビーイング。所属レコード会社はBeing。北海道札幌市南区出身、藤女子高等学校卒業。実家は製パン業の札幌キムラヤを営んでいる。血液型はA型。代表曲にミリオン 78キロバイト (6,326 語) - 2021年1月10日 (日) 17:28 |
本当に大変で周りの方の助けが必要です。
1/11(月) 10:56配信
デイリー新潮
運河に飛び込もうかと
〈ねぇママ お願い 話を聞いて 思うように動けなくなって 生きるのが辛くても〉。大黒摩季(51)の「Mama forever」には、車椅子の母親をイメージした詞が出てくる。パワフルな歌声からは窺い知れない「介護」の日々。
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大黒の母・美也子さん(82)が倒れたのは、歌手の頂点ともいうべき時期だった。「ら・ら・ら」(1995年)がオリコン1位に輝くなど、出す曲はどれもヒット。2003年には、伴侶(後に離婚)を得て、新たなスタートを切ったばかりだった。大黒が振り返る。
「その少し前に、夫の両親を招待して北海道・登別の温泉に行ったのです。ところがカラオケの途中、母がマイクを握ったまま倒れてしまった。脳出血で脳が広範囲に損傷していたのです」
札幌のパン屋さんを切り盛りするなど経営者としても多忙を極めていた美也子さんは、その日を境に車椅子生活になってしまう。左半身がマヒし、食事を口にしても左側からこぼれるような状態だった。
「世話好きなのに人に面倒を見てもらわないと生きてゆけない事実がショックだったのでしょう。双極性障害になってしまったのです。うまく食べられないため、体重も38キロに激減。“*でしまいたい”としょっちゅう漏らしていました」
当初は札幌に住む弟夫婦が面倒を見ていたが、10年前に大黒が引き取ることに。
「弟夫婦の負担が限界に来ていたこともあります。そこへ私が以前から患っていた子宮疾患が悪化してしまい、摘出することになった。しばらく休養しなくてはならず、思い切って東京で母の面倒を見ることにしたんです」
美也子さんには介護施設に入ってもらった。が、知り合いのいない場所で逆に心を閉ざしてしまい、大黒に感情を爆発させることもしばしばだった。車椅子を押して運河べりを歩いているときなど、「このまま一緒に落ちてしまおう」との思いが頭をよぎったこともあったと大黒は振り返る。転機が訪れたのは7年ほど前。
「藤原紀香さんの写真展があって母と見に行ったのです。すると、紀香さん本人が母の前に跪(ひざまず)いて“ママ元気?”と自分の親のように尋ねてくれた。その時の母の表情が見たこともないような笑顔だったのです」
母親のことを分かっていなかった。そう気が付いて接し方を180度変える。
「彼女にとって私は娘。母には介護を受けていても親としての気持ちがある。上からではなくて、相談するように接すると、凛とした表情に戻るのです。面倒を見てやるのではなく私も頼る。それからは、母に笑顔が戻ってきました」
大黒は16年に音楽活動を本格的に再開し20年10月からはライブも始めた。コロナ禍でも、前向きなメッセージを発信するためだ。12月23日にはアルバム「PHOENIX」をリリース。21年には、ミュージカルにも挑戦する。「逆境に強い女」がやっと戻ってきた。
「週刊新潮」2020年12月31日・2021年1月7日号 掲載
https://news.yahoo.co.jp/articles/7344dfae2b583d7bd652e91a00cef021a27592f7 
(出典 pbs.twimg.com)
(出典 stat.ameba.jp)
(出典 www.sundayfolk.com)
(出典 shibuya.ac.jp)
>>1
親の介護が必要になったり、親が*齢だ。
自分もかつてはとても困った。いまは、親は特別養護老人ホームを経て介護型病院にいるが。
親も年だからな
>>2
あなたしかいないし
>>2
90年代くらいまではまだこの歌詞のような結婚観がわりと一般的だったな。
「いつかは結婚する・しなければならない」というのが前提で、
若者が短い独身期間を今のうちとばかりにハメを外して精一杯謳歌してたと思う。
90年代の大黒摩季の曲は今でもよく聴く
>>5
性格悪かったら介護なんてできない
>>16
施設にいれるなら最初から弟夫婦に任せず施設にいれたら良かった
お金あるんだし。
>>25
施設に預けても毎週お見舞い行かなきゃいけないからな
施設によっちゃ洗濯物は自宅で洗わないとダメだ*
結構負担だと思うな
いいはなしだ。
藤原紀香さん素敵な人なんですね。
>>6
藤原紀香は昔売れていたモデル時代で他モデルに挨拶すら無視されてハブられてる相手にも
イジメ派閥に入らず一人でいて、誰にでもちゃんと挨拶するし挨拶を返していたらしいな
K-1選手が皆お目当てで口説こうとしても交わし方が上手くて誰もGET出来なかったとか
その後の陣内でズッコケたが
褒められてるの結構あった気するが、モデル時代の話が意外に思えて今でも覚えてる
>>68
売れてる時でもスタッフ全員に優しかったってたまたま一緒に仕事したという知人が言ってたな
ただいつも仕草が大袈裟でノリカフジワラだったなーともw
>上からではなくて、相談するように接すると、凛とした表情に戻るのです。
ほんとそれ
のりか優しいな
でも介護ってほんと大変だな
でもお母さん施設に居るんだよね?
やっぱり頼りになるのはお金だなぁ
紀香さすがだ
しかし、金のある著名人が介護が大変というと憂鬱になってくるな
カメラなくてもそんなことできるなんて、ノリカ見直すわ
双極性障害でも半身まひなら行動が制限されるから良かったな
施設に入れられなかったら地獄じゃん
金持ち有名人で介護つらいとか中流と下層は地獄やな
紀香の事しか残らなかったw
やるじゃん藤原紀香
母と娘の荒廃した人生を変えたわ
母親連れてツアー周りステージに上げて一緒に歌ったんだよな
金あるんだからプロに頼めよ
なんのために金持ってんだ
普通にこれ出来るの紀香スゲーな
弟夫婦大変だったろうな
特に弟嫁
コロナ前に介護に親孝行をして、
悔いなくお別れ済の俺は勝組。
遺産ももらったけど、欲しいものないので、
そのまま定期預金で放置してる。
>>43うちも父親コロナの直前に旅立たせたよ。介護は大変。
>>57
お前が*たのか。
見下げ果てた息子だよまったく
>>59万人に1人の癌で血反吐吐いてのたうち回るオヤジ見て早く楽になりたいなとはおもったわ。病院には絶対行かないとか言うこと聞かないし大変だよ。
こういう仕事の人はどこに住んでも仕事出来るんだし、札幌で母と暮らしてやればいいのに
介護の話って昔は、つまりは毎日の*尿の始末についての事だと
みんなが知ってるから外で言うのは家の恥とか親不孝者扱いで
半ばタブーだったし、言えてスッキリしたなら良かったじゃん
紀香さまいいね
あんなに稼いでたら、24時間の介護サービスを受けられるだろ
藤原紀香 写真展なんてやってたのか
施設の母親に会いに行って
「どちら様でしょうか?」
って言われてみなよ
帰りの車の中で泣いたわ
>>60
でもそれってあるあるなんだよなぁ
施設に預けててたまに会いに行くくらいならすぐに割り切れるけど、一緒に住んでても「どちらさん?」な場合もあるからなぁ
コロナ渦の中親が倒れ、面会禁止、身の回りのもの持っていくだけの生活もなかなか辛い
夫の両親と自分の両親と両方と温泉行ったってこと?
お金あるんだろうしどうにでもできたんじゃ
ワイらは終わるけど
絶対介護してないのに自分がやってるみたいに言うのが
こういう芸能*
かねだしてヘルパー頼みのくせに
藤原紀香って自然とそういうことが
出来る人なんだね。なんか天然で
痛々しいけど
絶対にいい人だと思うわサービス精神旺盛だし
人間の適正な寿命って認知が出る前の70ぐらいではないかと思う。
これって義理母って事だよな?あの事件を起こした夫のお母さんの介護してたんかい!
紀香見直したわ
梨園の妻になって色々努力してるし猫好きなのもいい
これ人のこと笑えんよ。
特に今はコロナで、介護現場が消毒作業とかに忙しくて、お金を積んでもなかなか介護施設に入れてくれんぞ
いざとなったら、介護施設に預けた方が良いかもね
シモの世話とか大変だし
自殺とか、共倒れになったら元も子もない



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