葉加瀬 太郎(はかせ たろう、1968年1月23日 - )は、日本のヴァイオリニスト、ミュージシャン。本名:髙田 太郎(たかた たろう)。旧姓:葉加瀬。大阪府吹田市生まれ。2017年現在はロンドン在住。身長178cm。代表作は「情熱大陸」。 ハッツマネージメント所属。レーベルは自身が音楽監督を務めるHATS 36キロバイト (1,455 語) - 2022年2月11日 (金) 16:44 |
2/13(日) 11:56
スポニチアネックス
葉加瀬太郎 幼少期は公団住宅育ち「家は普通の中流っていうか、団地っ子」 バイオリン始めたきっかけは…
バイオリニストの葉加瀬太郎(54)が12日放送のTBS系「人生最高レストラン」(土曜後11・30)に出演。幼少期の暮らしを振り返った。
幼少期の暮らしについて「うちの家は普通の中流っていうか、団地っ子です。千里ニュータウン(大阪)の公団住宅で育ちました」と話す葉加瀬。バイオリンを始めたきっかけについては、「(自身の世代は)ベビーブームみたいな頃で、親の世代は戦後の団塊の世代なわけじゃないですか?親としては教育というか習い事をいっぱいさせてくれた。そんな中の金曜日がバイオリンだったって感じ」と説明した。
バイオリンを1番練習したのは小、中学生時代。団地住まいだったので、夜9時までしか音を出してはいけなかったという。当時の暮らしについて「公団住宅の団地でクーラーもなければ、夏だったらずっと窓開けてるわけだよね?友達の家とかもカギとか閉めてない。そして、誰の家で飯食っててもいい長屋みたいな…そんな感じだったわけ」と回顧。「そこで家帰ってきたら、毎日夜9時までは練習するんですけど、練習してない日とかは近所からは『きょう太郎くん、なんだ風邪ひいたのか?』と…」と練習しない日には近所からは心配する声があがっていたと明かし、最後には「今(の時代)からしたら考えられない」と当時を思い返した。
https://news.yahoo.co.jp/articles/58710cff137b9a604ef2183b1a20bcf7a64d3cf0
(出典 static.chunichi.co.jp)
(出典 kyodonewsprwire.jp)
https://spice.eplus.jp/images/SKxkt6az9YLRIJ5zn1R32gWVNq527fiujxRIvkf44638KqhGAq4VfxQ4qu9EPbx9
(出典 ogre.natalie.mu)
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>>1
ガキのころ団地の子と仲良くしちゃいけません!言われてたぞ
>>42
団地言うても市営の方だろ
公団住宅の方を言うてないと思う
>>1
正直、公団のやつに団地っ子とか語らないでほしいわ
団地っ子は公営住宅に住んでた人だけに与えられた特権
>>1練習してない日とかは近所からは『きょう太郎くん、なんだ風邪ひいたのか?』と…」と練習しない日には近所からは心配する声があがっていたと明かし
これって嫌味だぞ毎日9時まで爆音だと近所迷惑だわ
>>1
今の50代だと子供の頃の公団育ちは
まさに中流だったな。
近所に公団あったが、その子の親は三井物産だったり大日本印刷だったりした。
中学生頃に一軒家に引っ越したのが多かったな。
假屋崎省吾も経済評論家の森永も
団地育ちと言ってたな。
假屋崎省吾は親が教師で森永は父親が新聞記者でしょ。
それにしても、葉加瀬みたいな容姿でよあんな金持ちの美女と結婚できたわ。
それが不思議だ。
>>2
> 公団って中流なのか?
>
> 下流のイメージなんだが( ˘•ω•˘ )?
そりゃ、いまはそうだろ
公団住宅は、もともと中流ターゲットの賃貸住宅の供給を目的として建設された
あと、葉加瀬太郎の子供の時なら、一億総中流という言説がまかり通っていたので、あながち間違いではない
>>2
それは公営住宅だな
収入制限あるし、トイレも高齢者を想定してるから大で流しても水量が足りずによく詰まったわ
>>2
一億総中流という時代だから中流の基準が低いんだよ。
もう10年上の世代だと風呂は2日に1度、おかずも芋がメイン、
冬は窓の隙間に新聞紙で目張りするみたいな時代だし。
>>2
葉加瀬太郎54歳。なので1970年代の話。当時は中流です。
親の年齢が30代から40前半で、公団住宅や市営アパートなどに住んで、
子供が中学生になる頃に一戸建てを買ってそこに住むのが中流だったのですよ。
我が家も小六まで風呂無し市営住宅でした。
これでも父親は公務員だし母親も正規採用の看護婦でした。
マイカーもありましたよ。
これを下流と言うのは「無知」「無教養」「未経験者の知ったかぶり」ということです。
>>55
自分も70年代頃にニュータウン住まいだったが、序列としては、
新築一戸建て>公団分譲>公団賃貸>公営賃貸のかんじでしたね。
公団賃貸以上がいわゆる中流。
公営賃貸になると貧困層もけっこういて当時もガラが悪かった。
同級生での中卒者も、公営賃貸に住んでる人に集中してた。
普通の中流
かなり裕福なほうだと思います
>>3
そうだよね?フィギュアやゴルフもだけど低所得の家庭には無理だわ
集合住宅で楽器は迷惑行為
>>4
これは昔の話だろ
>>4
昭和の大らかな時代なら問題ねえよ
この時代生まれてないから知らんけど
>>8
ピアノ騒音殺人事件とかあったのも同じ時期だろう
>>4
レベルにもよるな
音大附属小にいたうちの妹のピアノは最悪だった
大体同じ所で失敗するし、ガクッとなる
葉加瀬は多分その頃からうまかったんだろ
昭和40年代は公団住宅に入るのは一種のステータスだったな。
今は流石に作りが古くて取り壊しも始まっているが。
当時の団地でバイオリンひくには防音材でもなきゃ無理では?
バイオリンって金持ちの道楽じゃないの?
楽器弾いたり大音量でミュージック聴く時こそ
ポツンと一軒家住みで良かったと実感する瞬間
竹内涼真も団地っこで全然隠してなくて好感度いい
当時の団地なんて同年代ばかりだからみんなうるさくて気にならない
町工場は至る所にあるし騒音だらけ
今は住宅地は静かになって集合住宅は年齢層が多様化してるから無理
道具使う趣味・習い事はどうしても金かかるからね
ゴルフに興味出てきたけどおっさんでもその必要額で躊躇してるわ
この人の子供のあだ名はおそらくハカセ
昔の公団と今の団地は全然違うだろ
ああ、納得だわ
いい時代だね
団地でバイオリン弾けたのか
>>23
でも>>4みたいな精神病がいたら刃傷沙汰にもなってた
小学生の頃は公団住まいの友達は皆金持ちだとなぜか勘違いしてたわ
あれはなんだったんだろうか
>>26
一流企業がボロいアパートみたいな社宅持ってたりする
>>26
実際金持ってる奴は多いんだけどな
公務員と社宅とかだと金がたまりまくる
金持ちというより中の上という感じだが
クレーム来なかったなんて恵まれた環境だね
団地でバイオリン弾けるなんて奇跡に見える
小学校からやってる奴はぜんぜん違うもんな
剣道でも
それ当時では下流だから
>>31
だよね( ˘•ω•˘ )?
博士の時代だとマイホームブームでバンバン戸建て買っていったじだいだったんじゃないのお?
>>41
車庫付き戸建て+マイカーが中流でしょ( ˘•ω•˘ )?
団地ってことは部落民か
住宅自体不足していた時代で公団に住んでただけで貧乏ではない
54歳だとギリ中学生時代にまだファミコン登場してない世代だな
昔でも団地でバイオリンとか*迷惑だろw
あいつら何時間も毎日練習するし
当時の千里の公団ならサラリーマン家庭の中でも上級だけどな。
習い事たくさん通える家庭が団地に住むか?
本人金持ちすぎて理解できてないんじゃ?
自分とこも団地で結構みんなピアノとかエレクトーンとかやってたけど
朝早くとか夕方以降に音鳴らす人もいなかったし文句を言われた話もなかった
みんな顔見知りで普段の親同士の関係性も悪くなかったことが起因の許容量もあるのかもしれない
子供の数自体多かったから
あちこちから一日中子供の騒ぎ声がしてたんじゃないかなあ
それでも文句言う世の中じゃなかったんだろう
50年前の公団は、今で言うタワマンくらいの位置だったと思うよ
高田万由子は幸せなのかな?顔がどんどんトゲトゲしてるけど
あの頃の団地は、今のタワマンみたいなもんだったな
その後、エレベーターないとか(5階建て団地)、部屋が狭くなったとかで軒並み引っ越し
ピアノをやっていた家が騒音問題になってたのもその頃
自分は団地の小学校に途中まで通っていたが、20歳過ぎの時点の同窓会でまだその団地に残ってるやつの方が少なかったし、残ってるのはほぼヤバい奴だった
平成になる前に団地は終わった印象
>>57
公団は賃貸じゃなくて分譲だったからな、当時は
賃貸になったのは、古くなって人気がなくなってからの印象
当時でも、その環境でプロになれるなんて珍しいんじゃないかな?
葉加瀬なんて洒落た芸名だけど、本名は高田太郎って普通なんだよな
大昔は、千里NTでも公団の1室でピアノ教室やってて、家族もガキの頃にそこに通ってた
今なら、一軒家いや専用の防音室でも無ければピアノ教室なんか無理やな
コンポでさえ店から駆逐されたからな
所得の上限ある物件あるかが問題よ
つーても千里だから
当時だとそこそこの層が集まる中の上クラスやで
>>81
皆がそうやって千里NTに集まるから、年々渋滞が酷くなりつつある
>>83
彩都とか絶望ヶ丘とか遠すぎるねん(´・ω・`)
市内のタワマンが無理なら千里に集まるわな
>>82
昔はマウント取るツールだったからセーフだろ
ウチはお金あるんザマすのよオホホとか
テレビクーラー洗濯機が三種の神器とか言われてた頃はな
知らんけど
>>82
当時は生活騒音に関して今よりもずっと寛容やったぞ
TVとかコンポで大音量流すのも深夜早朝除いて普通やったし、団欒やパーティで騒ぐのも珍しく無かった
今や、TVのショボいスピーカーでさえ小音量で、音楽はイヤホン、集団で騒ぐなんかコロナ禍も相俟ってタブー
ニュータウンは当時の最先端だから親は上流多いのでは
すげえじゃん
大したコンクール歴はなさそうだな
でも成り上がれた
大したもんだろうな
普通なら中流家庭程度なら習うにしても一流のヴァイオリニストに師事なんて無理でヤマハ音楽教室止まりだろうから
ある程度のレベルまでしかどうやっても行けないもんだよ
今はカラオケルームで練習するらしいね
うちも団地だったけどピアノやってたな
うるさくてもそれが当たり前みたいなとこで生活してたから何も問題なかった
いまは言われるのかもしらんが
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